初耳学イエール大学助教成田悠輔さんのインタビューをみて≪中編・格差社会と入試システム≫

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昨日に引き続き、イエール大学助教の成田悠輔さんの初耳学について。

昨日は、「変な人」について語るだけで終わってしまったので、もう少し、先に進みましょう。私が、先生の話を聞いて、面白いな、と思ったのは、次の2点です。ひとつは、格差をもっと作った方がよいというご意見。格差社会といえば、やはり社会問題としてとらえられることが多いと思いますが、先生のご意見は、格差をなくそうとすれば、突出した才能も消えてしまい、1億総貧乏になる、というものですね。それよりは、天才が社会をけん引して、新しい発明や、革新的なビジネスを作り出していったほうが、社会全体が豊かになるという考え方でしょうか。これは、なるほどな、と思いました。私も、上を引っ張っていく人は必要と思います。そんな人を社会として生み出していかなければなりません。ギフテッド教育についてはまた語りますが、そういうものが必要だと思います。ただ、経済的に下の方にいる人たちも、生活が成り立って、幸せでなければならない。そんな風に思います。

 

もうひとつは、日本の受験は「公正」なシステムだというご意見。ペーパー試験の結果だけが問われるので、試験さえできれば、貧乏だろうが、友達がいなかろうが、関係なく有名大学にいくことができる。その結果、多様性が担保されている、というのですね。これには、ちょっとうなりました。勉強以外のことが一切問われない結果、多様性が担保されているとは考えたことがなかったので、これは面白い考え方だと思いました。

アメリカの入試は、もっと評価基準が多様化されているのですが、その結果、勉強もできて、スポーツもできて、音楽もできて、ボランティアもやっていて、将来どんなことがしたいか明確な夢をもっている、という人が合格するシステムなのですが、これだけ多才であるためには、経験をお金で買う必要があり、こちらの方が金持ち優遇になりやすく、優等生タイプという意味で同じタイプの人間が集まりやすい、というのですね。アメリカの大学は、多様性を担保するために、いろんな手を尽くしているのですが、その結果同じタイプの人間が集まっている、というのは、かなり痛烈で面白い意見でした。

 

ただ、その先が、ちょっと意味がわからなかったです。日本の入試は、学力とか事務処理能力のような特定の能力のみで測っているので、いろんなタイプの能力で評価して、ヨーヨー日本一とか寿司職人とかが国立大学にいけばいい・・・っておっしゃったのかな? ちょっとはてなマークが飛んじゃって、聞き間違いならすみません。まぁでも、先生がどうおっしゃったかはここでは置いておいて、私の考えを明日に述べたいと思います。

 

(続く)